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にじみゆく色と形の中に |
水分をたっぷり含んだ絵筆を、画用紙の上にそっと置いて、すべらせる瞬間。子供のころに体験した、水彩画のお絵かきを思い出してみましょう。真っ白な紙に絵筆を置く緊張感と、にじんでいく絵具が思い通りの形にならないもどかしさなど、水彩画には鉛筆やクレヨンなどの気ままな描画にはなかった、大人の世界に一歩足を踏み入れるくすぐったさを感じたことを思い出します。

堂本右美《Untitled YD-D9720》
水彩,アクリル絵具,紙
29.0 x 20.6cm, 1997
photo: 斉藤新
画家にとって、このままならなさこそ水彩画の魅力なのかもしれません。自らのうちにあふれる思いや意志を、描き手のコントロールが利きづらいにじみという現象に載せて描く水彩画は、画家の内面やその状態を表すのにもっとも適した技法といえるでしょう。また、手近な画材である水彩絵具は油絵や岩絵具の作品に比べて短い時間で仕上げることができるため、移りゆく風景の一瞬を写し取ったり、画家が瞬間に感じた感情を生のまま描き留められるといった特徴があります。本展では、当館寺田コレクションに多数所蔵される水彩画を通じて、ままならなさに委ねながら表現された画家たちのありのままの内面を観ていきます。
寺田コレクションの水彩作品として第一に挙げられるのは、短い人生で膨大な数の水彩画を遺した難波田史男であり、その父である難波田龍起もまた、油絵の作品とともに多くの水彩画を手がけた画家です。本展では第二室をこの二人の作品でまとめました。第一室は、難波田父子以外の作家の水彩画を紹介します。杉全直(すぎまた ただし)のみずみずしい作品群は、さまざまな形の中に絵具の粒子が泳ぐさまをそのまま定着させたような画面です。超現実主義風の具象画からアンフォルメルを経て、六角形をはじめとする幾何学的な抽象絵画に至ったこの油彩画家は、水彩画の小品に、異なる色同士の混じり合い、フォルムの輪郭のにじみなどに関する実験として取り組んでいたのでしょう。自由でのびやかな画面からは、水彩絵具のもたらす思わぬ結果に一喜一憂する画家の心持ちまで読み取れるようです。相笠昌義の水彩画には、この画家の「観察」に対する並みならぬ姿勢が表れています。都市における奇妙な人間模様をあたたかくも皮肉をこめて描く相笠のまなざしは、海外を旅する間にも見開かれており、作品は出会った場面を忘れまいと筆を動かす画家の衝動を感じさせます。Beyond the coloursのシリーズ名で描き続ける崔恩景(チェ ウンギョン)の一連の作品は、絵具のにじみや重なりが画面に静かな動きと空間性を生み出しています。アメリカの抽象表現主義を思い起こさせる純粋な抽象画にも関わらず、これらの作品は自然の風景とも人間の細胞ともとれるような親密さを感じさせますが、「色の向こうに」の意をもつその題名どおり、鑑賞者は色の中を自ら漂うべく画面の中に誘い込まれます。

難波田龍起《海の神秘》
水彩,インク,紙
23.0 x 32.0cm, 1988
photo: 斉藤新

難波田史男《山脈》
水彩,インク,紙
21.0 x 32.0cm, 1973
photo: 早川宏一
水彩画のみずみずしい画面が心に響くのは、人は皆、水なくしては生きられない存在だからなのかもしれません。ままならなさを受け入れてくれるのもまた、水なのです。
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展示風景 |
会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
2015.7.18[土]― 9.23[水・祝]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日、ただし9月22日は開館)、8月2日[日](全館休館日)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「鈴木理策写真展 意識の流れ」のチケットでもご覧いただけます)
主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:ジャパンリアルエステイト投資法人
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)