プロジェクトN

project N 60 富田直樹 TOMITA Naoki 2015.4.18[土]─ 6.28[日]
《Twilight Snowfall (Bosetsu)》油彩,キャンバス 227.3 x 363.6cm 2015 photo: 木奧惠三
《Twilight Snowfall (Bosetsu)》
油彩,キャンバス
227.3 x 363.6cm
2015
photo: 木奧惠三
もう一つの感覚の実現

富田直樹は写真をもとに自分の身の回りの事象を描きます。シャッター通りの空きテナント、どこかで目にしたような町中の風景、ウェブサイトから拾った通販商品の画像 ─ ありふれた、日常の中で急速に忘れ去られていくイメージをキャンバスに留めます。スナップ写真のように直感的に切り取られたイメージと分厚い油絵具のマチエール。一見相容れないように思われる二つの要素が富田の絵画を生き生きとしたものにしています。
写真に基づく絵画といえば、60年代から制作が始まったゲルハルト・リヒターのフォト・ペインティングを筆頭に、多くの作家が写真を用いて絵画と写真の境界に目を向け、現実世界に対する真実性を問いかけてきました。富田が写真を使うのは、ただ見えるままを描くことで真実に迫りたい、という素朴で真摯な思いからのようです。
制作において富田は自分で撮りためておいた写真(画像データ)を使ったり、ウェブサイト上の画像を使ったりします。写真特有のリアルさを含んだ絵画はそこから生まれます。

ここでいう写真特有のリアリティとは何でしょう。たとえば写真には諧調として表現できる露光の範囲、すなわちラティテュード(寛容度)に限界があります。富田の絵画における最大の特徴は、その写真の限界がそのまま写しとられることです。たとえば《No Job》は、ファッション雑誌からフリーターの写真を取り出して描かれた肖像画のシリーズですが、特別なライティングもなしに撮影されたストリート・スナップそのままに、フラッシュの光が当たった部分が白く飛んだり、暗い部分が黒くつぶれたりしています。
画面の隅々までをも等価に捉えたフラットな(誇張のない)画面はカメラのレンズが捉えた世界、すなわち写真そのものといえるでしょう。


《No Job》油彩,キャンバス 18.0 x 14.0cm(各)複数点組 2012 photo: 表恒匡|SANDWICH

《No Job》
油彩,キャンバス
18.0 x 14.0cm(各)複数点組
2012
photo: 表恒匡|SANDWICH

これまで繰り返し富田は「写真には一切加工をせず、見えるものすべてを描く」と述べていますが、言い換えればそれは「肉眼で見える以上のものを描く」ことです。なぜなら人間の視覚からこぼれ落ちるものも残らず留めるのが写真の特性であるからです。同じ風景を肉眼で見る場合、画家は恣意的に描く対象を選び取るでしょう。しかしカメラはそこにある風景をありのまま、未整理の状態で写し出します。それを描くことで画家の眼は無意識のうちに多くの発見をしているのではないでしょうか。「目に見えるものだけを描いて、見えないものの存在を感じさせたい」という富田のコメントは、きわめて写真的なものに思えてきます。

ここで富田の筆致をもう一度見てみましょう。富田はほとんど下絵なしに、ダイレクトに油彩でキャンバスに描いていきます。修正の際は前の筆致を消すことなく、色の上を色で覆い被せるようにして描き進めるといいます。画面を見る時間が一筆一筆に置き換えられ、その持続がキャンバスに厚い層を生み出しています。
メルロ=ポンティはエミール・ベルナールの言葉を引用しながら「タッチは『大気や、光や、対象や、面や、特性や、デッサンや、様式を含んで』いなければならない」のであり「実在するものの表現とは、限りない仕事」であると述べました(*)。このことはあるとき富田が自らの制作を「『盛る』感覚に近い」と語っていたことを思い起こさせます。「話を盛る」など、誇張するという意味合いで用いられる若者語ですが、では富田は一体何を盛るのでしょう?触知性、温度と湿度、不穏な気配、生と死、描くことのよろこび ─ 見えるままを淡々と描こうとしているのにもかかわらず、写真という二次元的世界では捉えきれない何らかの要素が盛り込まれ、画面に新たな命が吹き込まれていきます。


《Corner》油彩,綿布 194.0 x 260.6cm 2012 photo: 木奧惠三

《Corner》
油彩,綿布
194.0 x 260.6cm
2012
photo: 木奧惠三

写真という紙の支持体の上に乗った厚みのない世界、すなわち質量を持たない薄い膜のようなイメージを、確かな物質=実在するものへと置き換えることが富田の制作だとすれば、かつてセザンヌが自然を観察し、いかに自分の感覚に忠実に再現するかに力を注いだことと、大きな隔たりは感じられません。異なることといえば、セザンヌの目指した「絵画=感覚の実現」を、富田は生の自然と向き合うことではなく、写真を入口として自らの手によって生み出される風景や人物や状況と向き合い、観察し、そこから多くを発見することによって叶えていることです。絵画を描くそばから絵画を感覚する。描く過程で実在する何かを手に入れたときの画家の充足感がそこにはあるでしょう。それに触れることによって、私たちは絵画というものに宿る神秘を体験することができるのです。


* モーリス・メルロ=ポンティ「セザンヌの疑い」、『意味と無意味』、みすず書房(滝浦静雄、粟津則雄、木田元、海老坂武訳)、1983年、p.19



ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

富田直樹 TOMITA Naoki
1983 茨城県生まれ
2012 京都造形芸術大学美術工芸学科洋画コース卒業
2015 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修士課程修了
現在、茨城県在住
   
主な個展
2012 「いつか」(RADICAL SHOW 2012 京都造形芸術大学エマージングアーティスト展[II期 SOLO SHOW])、渋谷ヒカリエ 8/CUBE1, 2, 3、東京
   
主なグループ展
2010 「ORA展 vol.2:京都造形芸術大学 学生選抜展」 コート・ギャラリー国立、東京
2011 「Spatium SANDWICH#3 『SANDWICHES』」、ホテル アンテルーム京都 GALLERY9.5、京都
2012 「隅田川新名所物語2012」(墨田川Art Bridge 2012)、墨田公園リバーサイドギャラリー、東京
「弘益国際美術祭」、弘益大学校、ソウル
2014 「宮島達男:コラボレーションプロジェクト Counter Painting 2014」(嵯峨篤×宮島達男、柴田健治×宮島達男、富田直樹×宮島達男)、CAPSULE Gallery、東京/(嵯峨篤、柴田健治、富田直樹)、SUNDAY Cafe、東京
「太郎かアリス vol.5:東京藝術大学油画第7研究室〈O JUN〉」、TURNER GALLERY、東京
「Some Like It Witty」、ギャラリーEXIT、香港


■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2015.4.18[土]─ 6.28[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)


休館日:月曜日(ただし5月4日は開館)
入場料:企画展「高橋コレクション展 ミラー・ニューロン」、収蔵品展051「3O+A」の入場料に含まれます。

 

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団

 

お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)