プロジェクトN

project N 57 塩川彩生 SHIOKAWA Ayao 2014.7.12[金]─ 9.21[日]
《Light from dead stars》木版,グアッシュ, 水彩,色鉛筆,和紙,パネル 91.0 x 116.7 cm 2012 photo:SHIIGI Shizune
《Light from dead stars》
木版,グアッシュ, 水彩,色鉛筆,和紙,パネル
91.0 x 116.7 cm 2012
photo:SHIIGI Shizune
浸透する痕跡

塩川の制作には木版による転写の技法が取り入れられています。人の身体や顔、月や星などのかたちに鋸(のこ)で輪郭を切り抜かれた版木は、独立したひとつのオブジェと呼んでもよいでしょう。この上に水彩絵具をのせ(あるいは筆で描いて)、プレス機で和紙に転写します。表と裏の両面を使えば、反転・回転したイメージを紙の上で自在に繰り返すことができます。作品が生まれるたびに、さまざまなかたちがあらわれたり消えたりします。 塩川は自由に画面を作り上げていきます。時には転写されたイメージを切り抜いて貼り重ねたり、色鉛筆や水彩絵具で加筆したりしますが、一連の仕事は、塩川によれば「目で見る」のではなく「手で見ているような感覚」だといいます。

《Pale pink empty》木版,グアッシュ, 水彩,色鉛筆,和紙,パネル 65.2 x 53.0 cm 2014 photo:SHIIGI Shizune

《Pale pink empty》
木版,グアッシュ, 水彩,色鉛筆,和紙,パネル
65.2 x 53.0 cm 2014
photo:SHIIGI Shizune

ところで塩川にとって版木は目に見える「実体」であり、紙に刷られたイメージは「影」なのだそうです。見えるものと見えないもの、触れられるものと触れられないものといった相反する要素が塩川の制作の根底には存在するようです。展示の際にしばしば版画作品と一緒に版木がオブジェとして置かれることからも、それらが分かちがたいものであることがわかります。塩川にとって、それらはたんなる版木ではなく作品の一部なのです。しかし、なぜモティーフの輪郭に沿ってわざわざ版木を切り抜く必要があるのでしょう。おそらくそれも塩川の触知的な傾向のあらわれなのではないでしょうか。厚みのある版木の側端の質感を確かめながら一つひとつモティーフを配置し、絵具をのせ、紙に転写する ─ かたちに命を吹き込むために、塩川は、その手順を踏まなければならないのでしょう。
そうして紙に刷られたイメージを塩川は「影」と呼びます。絵具の掠(かす)れやにじみに私たちは何かしらのテクスチャー(触覚的なイメージ)を思い浮かべますが、それは「決して触れることのできないもの」なのです。作家の視点には対象とのあいだに薄いヴェールを隔てて対象と向き合うような距離が保たれていて、制作に版がもちいられるのは自然なことのように思われます。

《With ice blue plants》木版,グアッシュ, 水彩,色鉛筆,和紙,パネル 65.2 × 53.0 cm  2014 photo: SHIIGI Shizune

《With ice blue plants》
木版,グアッシュ, 水彩,色鉛筆,和紙,パネル
65.2 × 53.0 cm 2014
photo: SHIIGI Shizune

淡く軽い塩川の表現は私たちの内部に素早く深く浸透していきます。プレス機で圧力をかけられた絵具が和紙に吸い込まれ、思いがけない色とかたちを作り出します。薄い和紙は貼り重ねられても、その色はやわらかな淡さを保ったままです。その淡さに、思い出されるのは三島由紀夫の『仮面の告白』の冒頭です。─ 自分が生まれたときの光景を覚えている。産湯を使わされた木の盥を内側から眺めていると、ふちに光がさして黄金に見え、水が照り映えていた ─ というくだりですが[*註]、たとえば塩川の色はそのように、色が色として存在する前の色なのです。すなわち茫洋とした色の情報の海から取り出され分類される前の、ある状態のあらわれのような複雑なニュアンスをたたえています。その原初性こそが塩川の作品の確かな根となっていることを見逃してはならないでしょう。

*註:三島由紀夫『仮面の告白』(新潮文庫)、新潮社、2003、p.6


ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

塩川彩生 SHIOKAWA Ayao
1978 神奈川県生まれ
2004 多摩美術大学美術学部絵画学科版画専攻卒業
2006 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程版画専攻修了
2008 「高知国際版画トリエンナーレ」土佐和紙賞受賞
2009 「飛騨高山現代木版画ビエンナーレ」協賛賞受賞
現在,神奈川県在住
   
主な個展
2007 「Moving Woods」,工房親,東京
2008 「鏡の中の影 ”Shadow in mirror”」, KIDO Press, Inc.,東京
2010 「日の中の月の光 “Moonlight in daylight”」,KIDO Press, Inc.,東京
2012 「Light from dead stars」,モンブラン銀座本店,東京
   
主なグループ展
2009 「柔らかな器 ─ 感覚の境目を行き来する6人の作家」,松の湯二階,東京
2010 「ショコラ・デル・トロ・フチュウ」,LOOP HOLE,東京
「モンブラン ヤング アーティスト パトロネージ イン ジャパン 2010」,モンブラン銀座本店,東京
2011 「あめつちのはじめ」,Bambinart Gallery,東京
2012 「SLASH/06: ex-place 榎倉冴香/塩川彩生」,旧児玉邸アトリエ,東京
「Woman’s Life」,逢むgallery,養源寺,東京
2013 「雨ノ音,星ヲ思フ」,西御門サローネ,神奈川


■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2014.7.12[土] ─ 9.21[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日 :月曜日(祝日の場合、翌火曜日)、8月3日[日](全館休館日)
入場料:企画展「絵画の在りか」、収蔵品展048「みずのすがた わが山河 Part V」の入場料に含まれます。

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団

お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)