収蔵品展043 自然の表現 わが山河 Part Ⅳ 2013.1.12[土]─ 3.24[日] 有元容子《黒戸山》
岩絵具, 紙 162.1 x 112.1cm, 2000 photo: 早川宏一
有元容子《黒戸山》
岩絵具, 紙
162.1 x 112.1cm, 2000
photo: 早川宏一

自然の表現 その多様性をめぐって

「わが山河」は、当館収蔵品の寄贈者であるコレクター寺田小太郎氏とともに作品を選定する展覧会シリーズです。日本画を中心に主に日本の自然や風土、美意識を描いた作品を取りあげながら、コレクションの源流をたどる試みを重ねてきました。
寺田氏のコレクションは、「日本的なるもの」とは何か、という問いを根底に置いていますが、そこには、敗戦を迎えた若き日から今日にいたるまでの寺田氏の精神の軌跡が色濃く投影されています。寺田氏は、武蔵野の自然を愛し、山野の逍遙を心の支えとして戦後という時代を生きてきたといいます。寺田氏の「日本的なるもの」への問いと探求は、敗戦の日を起点としつつ、この国の自然と風土への愛に分かちがたく結びついています。氏のコレクションに、そうした自然への愛着と畏敬の念に深く呼応する作品が豊富に含まれていることは当然といえるでしょう。と同時に、寺田氏の眼差しは、自然をめぐる表現の多様性、さらに自然に対する今日的なアプローチの多様性へと向かっています。氏は、たとえば深く親しんだ植物や鳥類について、その「多様性」にこそ最大の感興を覚えると述べていますが、そうした多様性を愛で、尊重する心が、寺田コレクションの豊かな拡がりを支えているといえそうです。

「わが山河」シリーズ4回目となる今回は、自然を見えるがままに「再現」する作品よりも、抽象化やデフォルメをまじえて自然を「表現」する作品、あるいはカメラアイを思わせる極度に緻密で迫真的な描写を行う作品などに焦点を当て、また油彩画や写真といったさまざまな技法による作品も交え、自然をめぐる表現の多様性を探っていきます。

有元容子の山々を描いた作品は、きわめて平明な表現でありながら、抽象化とデフォルメの契機が大きな役割を果たしています。それは単に山の姿を忠実に再現することよりも、屹立する山岳に向き合うことで自己の内部に引き起こされた感覚を、色とかたちによって表現することに主眼をおいています。そこでは大胆な省略と強調、一種の平面化が、山と向き合った画家の感動を手に取るように伝えています。たとえば《黒戸山》と向き合うわれわれは、描かれているのは山なのか、山の感覚なのか、にわかには答えられません。

岡田伊登子《那智 98-5》渋, 膠, 岩絵具, 紙  47.0 x 29.0cm, 1998  photo: 早川宏一

岡田伊登子《那智 98-5》
渋, 膠, 岩絵具, 紙
47.0 x 29.0cm, 1998
photo: 早川宏一

岡田伊登子の作品もまた、自然の外形をなぞることよりも、自然によって引き起こされた感覚を描くことに主眼をおいているといってよいでしょう。《那智98-5》は、この名瀑の落水口の特徴的なかたちを大胆に強調しつつ、落下する水流の描写は画家の腕の運動の軌跡以外の何ものでもありません。画家の身体性を通して、滝と同化した画家自身の感覚そのものが表現されています。《那智89-1》では、対象は大らかに単純化、抽象化され、平面的な表現によって画面は強い装飾性を帯びています。ここでは抽象化、平面化という近代絵画の重要な手続きが、琳派を思わせる日本的感性と結びついて豊かな効果を上げています。

伊藤彬《声明》 木炭, 墨, 麻紙 118.5 x 118.5cm,  1999 photo: 斉藤新

伊藤彬《声明》
木炭, 墨, 麻紙
118.5 x 118.5cm, 1999
photo: 斉藤新

伊藤彬の作品《声明》は、木炭の粉末を画面にまき、そこに水を施して偶然にできる模様を生かしながら描かれています。山水を表しているのは確かなようですが、遠景と近景、そして光と闇の交錯する不思議な時空が見る者を幻惑します。声明というタイトルとともに深い精神性をたたえた画面は、抽象化されながらも、はっきりと現実の手触りをもったイメージを浮かび上がらせています。
李禹煥の作品は、文字通り抽象的な表現であり、いかなる具体的な自然も再現していません。しかし、抽象的な作品が自然と無関係かといえば、そうとはいえません。李は、カンヴァスや絵具といった作品を構成する素材の物質性を強調していて、作品は一種のオブジェ性を強く帯びていますが、同時に、そこには光や運動、そして空間の拡がりといった、自然の営みの根本要素が、静かに息づいているのです。伊藤と李の作品は、全く異なる関心と手法によりながら、ともに自然のエッセンスを凝縮して捉える地点に到達しているといえるのではないでしょうか。寺田氏は、こうした自然と表現をめぐるさまざまな位相、その帰趨に深い関心をよせつつ、東洋的自然観と精神性に裏打ちされた「東洋的抽象」、「ブラック&ホワイト」というコンセプトを、コレクションの重要なテーマと位置づけています。

川村悦子の作品は、日常にふと出会った草木を、その質感や湿度、臭いなども含めて迫真的に描写しようとします。一見したところ、カメラアイが捉えたイメージを参照するフォトリアリズムを思わせますが、実は自分の見たものを眼と手、そして知性による再認識を経てもう一度「肉体的」に見るための執拗な試みでもあります。見るという行為を概念的に問う手続きと、画家としてのあらゆる方策をつぎこんで自然の生命力に迫ろうとする営みが、高密度で結びついています。

櫃田珠実の作品は、撮りためた自然のイメージをコンピューターにとりこんでコラージュするデジタルフォトです。そこでは自然と人工、日常と非日常、聖なるものと俗なるものの混在と往還が大切なテーマとなっており、人口楽園のような光景に、噴水や花などが象徴的モチーフとして配されています。古来、人間はつねに自然と向き合い、そこに自己の知識や願望、経験や記憶を重ねてきました。そこでは自然はそれ自体として扱われるよりも、何かの象徴として捉えられることが多かったといえます。櫃田の作品は、現代的な手法ながら、そうした古来の人間と自然との関わりかたをあらためて浮かび上がらせているようです。

稲垣元則の《distance 2》《distance 3》は、同じ森の茂みをそれぞれ異なる視点から、視界と距離感を意識して慎重に捉えた写真作品です。それは作家の眼差しを可視化する試みであり、また人間と自然との関係を厳しく問い直す試みにもなっています。あたかも人間の存在とは無関係に横たわっているかのような森の茂みですが、同時にわれわれの記憶やさまざまな連想を喚起せずにはおかないのは、なぜでしょうか。自然とは、われわれと出会ったときにはすでに純粋無垢ではありえず、むしろ人間との関係においてのみ、人間によるさまざまな意味づけ、価値づけを通してこそ存在する、ということに思い至らざるをえません。

出品作のごく一部をかいつまんで紹介してきましたが、今回の展示からは、自然の多様さ、また自然と人間との関係の複雑さを踏まえたさまざまなアプローチ、いってみれば自然とは何か、人間と自然との関係はいかなるものか、という思索へと誘う、豊かな試みが見て取れるでしょう。自然の保護、エコロジーが叫ばれて久しくたちますが、自然と私たちの距離はかえって見えにくくなっているのではないでしょうか。自然への畏敬の念に裏打ちされた寺田氏の眼差しを手がかりに、あらためて自然と私たちの関係について思いを巡らしてみる機会になれば幸いです。

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2013.1.12[土]─ 3.24[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、2月10日[日](全館休館日)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「新井淳一の布 伝統と創生」のチケットでもご覧いただけます)

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:ジャパンリアルエステイト投資法人、NTT都市開発株式会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756