収蔵品展040 「私」を知るための問い 2012.1.14[土] ─ 3.25[日] 舟越桂《ドローイング》|木炭,鉛筆,紙|193.0 x 88.5cm, 1988
舟越桂《ドローイング》
木炭,鉛筆,紙
193.0 x 88.5cm, 1988

「私」を知るための問い

私たちひとりひとりにとって「私」とは、一時たりとも離れることのないもっとも身近な人間です。しかし、他の誰よりもよく知っているはずの自分を、見失ったり、忘れたり、わからなくなったりもします。そもそも人間は、なにによって「私」を定義するのでしょうか。「私」と「私以外」の境界はどこにあって、それらはどのように関係を結ぶのでしょうか。いささか大仰な題目を挙げてみたが、価値観の多様化する現代にあって、芸術表現には自己と他者に関する問いに立脚し、あるいはその問題を内包する作品は多く、そうした作品を鑑賞することによって、この壮大な問いになんらかの手がかりが得られるのではないかと期待しています。今回の収蔵品展では、いくつかの作品を鑑賞しながらさまざまな「私」を発見してみたいと思います。

相笠昌義《日常生活:公園にて》|油彩,キャンバス|130.0 x 162.0cm, 1973
相笠昌義《日常生活:公園にて》
油彩,キャンバス
130.0 x 162.0cm, 1973
展示の冒頭は相笠昌義の群像図です。公園を舞台として大勢の人が描かれていますが、その視線は交わることがありません。高密度な社会でありながら、人びとの関係が希薄な現代の日常を相笠はするどく観察し、同じ場所に居合わせながらも関わりを持たない「他人同士」のさまを描くことで、都会生活者の奇妙な距離感をあらわにします。このような状況の一部となっているにもかかわらず、日ごろそのことに無自覚な私たち鑑賞者は、相笠の絵画によって自分で気づいていなかった自身の姿に対面します。相笠の画面は、私たちを客観視させる装置となっているのです。文明社会に対する痛烈なシニシズムと、人間という存在への限りない興味にあふれたその画面は、その前に立つ鑑賞者に知られざる自らの一面を鏡のように映し出しています。

磯見輝夫が木版画で表す人物像からは、「私」をその起源にまでさかのぼって探ることができます。木版とは、版材を削ることでイメージを浮かび上がらせる技法ですが、紙に写し取られた墨の部分は鑿(のみ)の入れられなかった板の部分であり、「はじめから存在していたもの」です。いわば自然のままの存在です。自然の深みからそっと掘り起こされたばかりのような画面の女性の姿に、私たちは人が自然と不可分だったいにしえの時代を思い、「私」の中に息づく大地の記憶が呼び覚まされます。磯見の木版画は、大地から生まれて大地に還っていく人の摂理と自然のつながりを、観る者に確認させるのです。

野又穫《内なる眺め 21》|アクリル絵具,キャンバス|194.2 x 112.1cm, 2001
野又穫《内なる眺め 21》
アクリル絵具,キャンバス
194.2 x 112.1cm, 2001
同じく自然を根底とする李禹煥の作品ですが、李の作品における自然とは、草木や山河などの非人工物を指すのではなく、万物の状態や関係です。もの派を代表する作家である李は、石や鉄、紙、セメント、絵具といった素材をありのままの物質として扱いますが、その配置に関与する自分自身を含め、それらの関係の中からものの存在、世界を成り立たせている関係性を浮かび上がらせようとします。キャンバスの上に絵具を置き、そこで生じた作用によって次の一筆が導かれる、といった具合に、物質と自己の呼応から出来あがる李の絵画からは、ものとものが関係しあい、共鳴する際の振動を感じることができます。その画面は観る者に、「私」と世界のあらゆるものとの間に生じている共鳴のエネルギーを知覚させるでしょう。

本展の最後には野又穫と奥山民枝の風景を数点ずつ展示しています。野又の風景は現実にはどこにも存在せず、そこに描かれた建造物は未完で、その用途は見えません。しかし、この風景が私たちに不思議となつかしさや親しみを感じさせるのはなぜれしょう。それは私たちが、いまだ建設途中であるかのようなこれらの建造物に、日ごと営みを重ねながら一歩ずつ歩を進める「私」の人生を重ね合わせて見るからではないでしょうか。あるいはまた、私たちは野又の風景をそれぞれの内に持っており、生きることをとおしてそこに「私」という建物を建て続けているのかもしれません。

奥山の風景も、目に見える世界の描写ではありません。しかしそれは存在しない架空の風景なのではなく、万物を生む宇宙のマクロな風景と、私たちの内に宿るエネルギーのさまを描いたミクロな風景がわたりあう光景です。世界を幾層もの位相の重なり合いととらえ、時間や空間を超えたすべてを描こうとする奥山の画面に向き合った時、「私」の内と外は激しい往還の末に一体となり、内なる生命と宇宙の根源はひとつながりであることを感じるでしょう。

作品を観ることとは、作品と「私」との対話です。その対話の中で作品から投げかけられる問いは、「私」をさまざまな視点でかえりみるきっかけを作ってくれます。自身と向き合い、その問いに誠実に答えていくことで、その対話はさらに豊かに、深さを増していくでしょう。
小泉淳作《涛声 男鹿半島入道岬》|顔料,紙|170.0 x 373.0cm, 1997
小泉淳作《涛声 男鹿半島入道岬》
顔料,紙
170.0 x 373.0cm, 1997


ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2012.1.14[土] ─ 3.25[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日
収蔵品展入場料:200円(企画展「難波田史男の15年」のチケットでもご覧いただけます)

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756