収蔵品展039
寺田コレクションの若手作家たち 2011.10.18[火]─ 12.25[日] 山本麻友香《new cow》 油彩, 綿布  130.0 x 120.0cm  2004 photo: 早川宏一
山本麻友香《new cow》
油彩, 綿布 130.0 x 120.0cm 2004
photo: 早川宏一

若い感性へのまなざし 寺田コレクションの若手作家たち

本展は当館収蔵の寺田コレクションの中からおおむね1960年代半ば以降に生まれた作家たち、とりわけ2000年代に入って活躍するようになった作家たちを中心に紹介します。寺田小太郎氏は、「日本的なるもの」とは何か、という問いを根底におきながら、「東洋的抽象」、「ブラック&ホワイト」、「幻想美術」などを主たるテーマに蒐集活動を進めてきましたが、若手作家の新しい感性にもひろく熱いまなざしを送っているのです。現代の若々しい感性と寺田氏の審美眼がいかに交錯しているのか、またそこで現代美術のどのような局面が浮かびあがってくるのか、興味はつきません。もちろん美術の今日的状況は混沌としていて「いま」という時代を包括しうる明確な動向や傾向を指摘することは難しくなっています。それでもみな同時代の空気は吸っているわけで、表現のレンジ、振れ幅は激しくとも、時代の感性、なにか共通する所作といったものはやはり存在するはずです。そんなことを期待しつつ、主な出品作家について見ていきましょう。

額田宣彦(1963-)の「Jungle-gym」のシリーズは、20世紀美術の大きな遺産である幾何学的抽象の末裔であると同時に、ジャングルジムという「具象的」なタイトルからも分かるように、「抽象」だけに収斂することなくしなやかに絵画について思考し実践する試みとなっています。一定の規則を自らに課してそれを反復する制作法から生み出されるその作品は、寺田氏が傾倒する「表現と非表現」のあいだにひろがる豊かさといったものにも通じています。幾何学的でありながらフリーハンドで描かれる線がはらむ描く行為の身体性や、「立体的」なジャングルジムとして見ようとするときに体験される「見え」の不安定さがまず指摘できます。そこには切り詰められた表現が逆説的にみせる絵画的な饒舌さが息づいているでしょう。

はい島伸彦(1970-)の作品は、一貫して動物のシルエットのみによる表現をとっていますが、単純かつ平面的な相貌とはうらはらに、「図」と「地」の反転や物の認識にまつわる私たちの視覚と意志のメカニズム、その不思議にせまる複雑さをもっています。どこかユーモラスで楽しげな気配は額田作品と共通するといえますが、それは現代日本の若手にしばしば見られる特徴でもあります。気負った身振りよりも、自らにとって身近で日常的なリアリティに根ざした試みを実践しつづけるさわやかさがそこにはあります。

山本麻友香(1964-)の表現は前二者と大きく異なります。着ぐるみや動物の角をつけた愛くるしい少年を好んで描きます。線やフォルムといったフォーマルな要素をいかに扱うかという問題に悩む時期を経て、描くことの喜びという原点に回帰して現在の作風を確立しました。子供をもうけ母となった自身の体験もそこに作用しています。自らの生活のリアリティから出発しようとする姿勢がここにも見いだせます。しかし、作品の「かわいらしさ」の背後には、イノセントな危うさを越えたなにか不穏な空気が流れています。「女の子を描くことに暴力性を感じ」て男の子を描くようになった、という山本の発言には、イメージをめぐる政治学への鋭敏な感性が現れています。また、ときにピンぼけ写真を思わせるあいまいな描写は、安易な了解と一義的な距離感を拒否し、見る行為自体の不安定さを増幅させます。絵画に対する山本のしたたかな企みがこに見て取れます。少年のイメージがキャラクター的になる寸前で止まっているのも山本のバランス感覚の妙でしょう。

伊庭靖子(1967-)は、自ら撮影した写真をもとに、身近なオブジェを描きます。ピントの合ったところからボケたところへ移っていくところに惹かれたという伊庭は、その「映像らしさ」を絵画に描くことから出発し、やがて対象の質感と光の探求に向かいました。彼女の制作を支えているのは、モノの存在に肉薄したいという画家の根源的な欲求であり、作品にそなわる抽象性はその逆説的な帰結でしょう。

小西真奈《夜》油彩, キャンバス  73.0 x 91.0cm  2007 photo:木奥惠三 photo courtesy:ARATANIURANO
小西真奈《夜》
油彩, キャンバス 73.0 x 91.0cm 2007
photo:木奥惠三
photo courtesy:ARATANIURANO
小西真奈(1968-)もまた、自ら撮影した写真をもとに描きます。主に自分で実際に訪れた場所で撮った風景写真をもとにしたその作品は、不思議な既視感とともにわれわれの生活感情、時代の空気感のようなものを表出し、それでいてどこか現実とは異なる白日夢のような儚さも漂わせています。小西の場合、写真は画家自身の身体的な記憶を相対化しつつ、それを絵画とより強く再接合するために使われているようです。

今日において、我々がなにかを見たり認識したりする行為は、否が応でも写真や映像など複製イメージとの相互作用に浸されることなしには遂行しえなくなっています。そうした時代における絵画の可能性を考えるうえでも、制作に写真を介在させる伊庭と小西の試みは多くの示唆を含んでいるといえるでしょう。

川島秀明(1969-)は、目鼻を簡略化して強調する女性像を一貫して手がけています。陰影を排したその表現は「日本的」ともいえますが、同時に、一目でそれとわかるキャラクター的な人物表現にはサブカルチャーの匂いが濃厚です。現代社会の消費やコミュニケーションにおいて「キャラクター」の果たす役割の大きさ、複雑さを思えば、それは単なる大衆イメージの引用・取り込みということではすまされません。川島の作品は、キャラクター的イメージとしての強い訴求力をもつと同時に、人間の根源的なペルソナへの洞察を含むことによって高い強度を保持しているのです。

入江明日香(1980-)の余白を大きくとった構図には日本美術の伝統への参照が濃厚に見て取れますが、それが独自のファンタジーの展開と有機的に結合しているのが印象的です。自由なファンタジーの追求は、今日の多くの若手にとってとりわけ魅力的な要素のひとつとなっています。版画とコラージュ、ドローイングなどを取り混ぜた独自の混合技法もそれに効果的に貢献しています。

時松はるな《ブラーボ!》マーカー, 紙  200.0 x 300.0cm  2006 photo: 早川宏一
時松はるな《ブラーボ!》
マーカー, 紙 200.0 x 300.0cm 2006
photo: 早川宏一
時松はるな(1984-)は、美大在学中から硬質なシャープペンシルの線描による人物群像を手がけて注目を集めています。均質化した容貌表現の集積は、かえって人間の仕草や動きの特徴を豊かな類型に分類して見せてくれています。作品から感じられる市井の人々に対する眼差しの暖かさは、寺田氏が蒐集に際してときに好むところです。ここでは往年の前衛がまとっていた抽象へのこだわりや禁欲的な態度とは無縁の、描くことの喜びに素直な制作態度が全面に押し出されています。同時にその線描には、やはり日本美術の伝統に通じるものがあります。入江、時松らに見られるように、若い作家たちにとって、グローバルな美術の基準ではなく自らの属するローカルな文化伝統を重要な「資源」として活用することは、もはや自然な行為となっているようです。

20世紀の終わり以降、現在にいたるまで、美術の営みを「新しさ」という単一の基準で語るやり方は有効性を失っています。そこでは過去と決別して一つの原理によってすべてを一挙に作り替えようとするような発想にかわって、さまざまな過去や文化に学びつつ、自らのリアリティに根ざした地道な問いかけを続けることで現実へとコミットしていく姿勢が説得力をもつようになっています。本展で紹介する若手たちも、そんな時代の要請を真摯に受け止めつつ、制作行為への豊かな信頼を生きています。寺田氏の暖かな眼は彼らに注がれているのです。


ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
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展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2011.10.18[火] ─ 12.25[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日
入場料:200円(企画展「感じる服 考える服:東京ファッションの現在形」のチケットでもご覧いただけます)

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社
協力:相互物産株式会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756