プロジェクトN

project N 46 石井 亨 ISHII Toru 2011.7.16[土] ─ 10.2[日]
《立花模様》 友禅染,絹,パネル 107.0 x 107.0 cm 2011 photograph: 早川宏一
《立花模様》
友禅染,絹,パネル
107.0 x 107.0 cm
2011
photograph: 早川宏一

伝統への発信 ― 石井亨の制作について

石井亨は1981年静岡県に生まれました。「アニメ、ゲーム、プラモデル、Nゲージに様々なイメージをかき立てられ、サッカーを通じて身体の動きを学び、ボーイスカウトでの野外活動で自然と触れ合って育った」という彼が、なぜ染織なのでしょうか。

友禅染は周知のとおり着物のために考案された染色技法です。鮮やかな色彩で四季折々の草花や風景などの模様を精緻な線とぼかしで描き出すのが特徴です。元禄の頃江戸幕府が贅沢を禁じたことから、金糸を用いた刺繍や手の込んだ絞りを使わずに華やかさを演出するために工夫され、扇絵師だった宮崎友禅斎が斬新な意匠を次々と生みだして人々の心を掴んだと伝えられています。
石井はこの友禅染を技法として用いつつ、伝統工芸の領域とは一定の距離を保ってきました。そこにはイギリス留学を機に自らのバックグラウンドを問い、自国の文化について客観的な目を獲得した経験が大きく影響しているのでしょう。彼が目指すのは、友禅染を本来の[用の美]から切り離し美術の文脈にのせて現代へと引き寄せることです。加えて、工芸と美術の区別なく、日本の伝統芸術の中から先人の残した仕事を世界最強の「資源」として自らの作品に取り込むこと ─ そのために過去から取り出した多様な要素を統合する様式として友禅染を機能させているのです。
《自動販売機ピザ》 友禅染,絹,パネル 215.0 x 215.0 cm 2010 個人蔵 photograph: MIYAJIMA Kei courtesy: Mizuma Action
《自動販売機ピザ》
友禅染,絹,パネル
215.0 x 215.0 cm 2010
個人蔵
photograph: MIYAJIMA Kei
courtesy: Mizuma Action
石井の作品に一貫しているのは美術史における要素の分析と抽出、そして再構成です。どの作品にも彼が重要と考える「軸・流れとリズム・形・色・粗密・地と図・視点・構図・空間・明暗」が過去と現代の双方から抽出されて巧みに掛け合わされ、石井の際立つ構成感覚によって現代的な輪郭が与えられます。たとえばコマ送りのように反復される人物の動きが水平方向に広がって生まれる躍動感や、瞬間を切り取ったイメージは、アニメやマンガ、グラフィティといったサブカルチャーの影響を色濃く感じさせます。「DJのような感覚」と石井自身が喩えるように、どの作品においても時間の振れ幅の大きい異質な要素同士が出合い、スパークしながら密に結び合って画面全体を作り上げているといった印象です。石井は「サイズ、静と動、色彩、明暗・・・」などの対比効果を用いると述べています。彼の作品にゼロからの創作はなくほぼすべての要素が美術の文脈からの引用でありどのモティーフも構成の手法も出所が明確に存在するものです。

展示風景
会場右手の《帰宅合戦》から始まる『サラリーマンシリーズ』は石井が自身の根源を辿る過程でまず辿り着いた、父親の日常から垣間見る現代日本社会の様相です。都市に暮らす者にとっては当たり前の光景を、石井は思いきり離れた視点から描き出しました。通勤途中のサラリーマンの身体の一部が戦国武士に変わり、ある時はスーパーでパック売りされるメザシに変身して、都市に棲む奇妙な生き物としての可笑しみと悲哀を湛えています。誰もが既視感を覚えるのは《サラリーマン図》の画面中央に沸き上がる赤い流れや《時間の糸》の山のかたちでしょう。光琳の《紅白梅図屏風》と北斎の赤富士からの引用でいずれも反転というひねりが加えられています。

展示風景
近作において、石井のモティーフはサラリーマンから都市の風景へと発展をみせています。石井は《ファーストフードの滝》で落下する水のイメージに大量消費・大量廃棄社会のありさまを託し、《コンビニ院フリーズ堂》では凍りついたコンビニエンスストアのある風景に急速な時間の流れを凍結=視覚化させました。そして最新作の《東京》《新橋》などの『都市結晶シリーズ』では、都市の駅周辺に集中する巨大なエネルギーを「結晶化」させようとしています。石井の作品にしばしばみられる凍結や結晶化のイメージは下絵―糸目糊置き―色差し―蒸し―地染め―洗いといった複雑な工程の最後にようやく色鮮やかな模様と出会えるという、友禅染がもつ独特な時間の流れとリンクします。
石井は制作を通じて「新しい伝統」を創造したいと考えています。それは伝統芸術を継承しながら自分にしかできない仕事によって「新しい価値」をつくりあげることにほかなりません。かつて友禅斎が誰にもない発想を古典模様に取り込んで時代の最前線に立ったように、彼もまた、美術の領域に身を置いて伝統の流れに働きかけたいと願うのです。石井は自分とつながるすべての時間に目を凝らします。彼にとって制作とは真っさらな絹にあらゆる時間を染みこませてゆくことなのです。そしてそれは友禅染という日本の伝統工芸を通じて世界に自分の位置を示すことでもあるのです。
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

石井 亨 ISHII Toru
1981 静岡県生まれ
2006 東京藝術大学美術学部工芸科染織専攻卒業
2007 「第8回スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル」審査員奨 励賞受賞
2008 チェルシー・カレッジ・アート・アンド・デザイン修士課程テキスタイル
デザイン科交換留学、ロンドン
2010 東京藝術大学大学院美術研究科工芸科染織専攻修了
2011 東京藝術大学大学院美術研究科美術専攻博士後期課程在籍
現在、埼玉県在住
   
主な個展
2006 代官山アドレス・ディセ、東京
2007 アンシールコンテンポラリー、東京
2010 ミヅマ・アクション、東京
   
主なグループ展
2007 「第8回スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル」、スパイラル、東京
2011 「『伝統と現代』展 」、東京藝術大学美術館陳列館 (パンフレット)

■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2011.7.16[土] ─ 10.2[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、8月7日[日](全館休館日)
入場料:企画展「家の外の都市(まち)の中の家」、収蔵品展「038 保田井智之 長円の夜」の入場料に含まれます。

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団

お問い合わせ:東京オペラシティ アートギャラリー Tel. 03-5353-0756