収蔵品展038保田井智之 長円の夜  2011.7.16[土] ─ 10.2[日] 李禹煥《線より》 岩絵具,キャンバス 99.5 x 80.0cm,1976
《長円の夜》
松, 檜, スプルス, 楠, ブロンズ 
180.0×35.0×50.0cm 1991
photo: 内田芳孝

保田井智之 逸脱と再構築

保田井智之(ほたい・ともゆき)は、1980年代後半以来、一貫して木とブロンズの組み合わせという手法による彫刻を手がけてきました。このユニークな手法は、フォルムと素材をめぐるこの作家独自の思考と実践と不可分です。
一般に異なる素材の組み合わせは、個々の素材がもっている質感や表情を際だたせます。それは、かつての近代彫刻の正統からすればある種の逸脱ともいえますが、保田井の作品では、当の近代彫刻が求めてやまなかった純粋に彫刻的なボリュームが微妙なバランスのうえに実現しており、素材の特性だけに寄りかかるようなところはありません。

 川村悦子《冬の旅 II》 油彩, キャンバス 145.0 x 225.0cm 1988 photo: HAYAKAWA Koichi
《生きるものの記憶 ─ 見つめる人》
樫, 檜, スプルス, ブロンズ
185.0×52.0×85.0cm 1991
photo: 黒川晃彦
保田井自身、たとえば灰皿と吸い殻というように異なる質感をもつものであっても、すべてブロンズに置き換えてしまえば、素材ごとの質感、表情は消去されて純粋なフォルムとなって同列に扱うことができるのであり、それが「彫刻」ということの大切な要素だと述べています。これは西洋近代彫刻の基本的な考え方にほかなりません。つまり近代彫刻の一般的な考えにおいては、素材とはフォルムを実現するための手段でしかなく、素材そのものへの意味づけや依存に傾くことはいわば禁じ手なのです。そこには、大切なのは素材ではなく、素材を超えて立ち現れるフォルムだという前提があるのです。
こうしたフォルム重視の近代彫刻においては、粘土で作る塑像が、自由なモデリングが可能なことにくわえ、質感や表情においてニュートラルなブロンズや石などの素材で最終的に形成される点からも、つねに主流を占めていましたが、その一方で木彫という技法は、素材である木が多様な質感と表情をもち、またそれ自体で祈りや生命といった種々の意味づけ、象徴性とも結びつきやすいことなどから、傍流の位置に甘んじていました。
保田井は木彫の作家として分類されることもありますが、実は粘土によるモデリング、塑像によって自己形成を遂げた作家なのです。保田井の先の発言は彼のバックボーンを考えれば当然といえるでしょう。
これと関連して興味深いのは、異なる素材の組み合わせで制作する際の保田井の観点です。彼は、素材としての木の特性が全面に出過ぎるとき、木のもつ質感や様々なニュアンスがものを言い過ぎるとき、それを抑えるために一部をブロンズに置き換えるといいます。つまり、木とブロンズの組み合わせという保田井の方法は、素材よりフォルムを第一義とする西洋近代彫刻理念から一定の距離と逸脱を孕んでいるのは確かなのですが、しかしそれは単にそれぞれの素材の質感や表情、象徴的な意味合いなどを引き出して結びつけるという単純な足し算を目指しているのではなく、むしろ素材とフォルムの拮抗をあらためて調停しなおすという手続きと結びついているのです。しかもこの手続きは、フォルムを素材の上位に置く近代彫刻の理念にそってなされているのです。
そもそもなぜ、異なる素材の組み合わせという逸脱的な手法がとられるのでしょうか。これについて保田井は言います。塑像制作において粘土と粘土を合わせるのと同じように、素材が違うからといって区別せず、フォルムである以上はみな一緒に扱えるはずだと。ここでは、純粋なフォルムを目指して単一でニュートラルな素材による形成をスタンダードとした近代彫刻の理念をなかば確信犯的に逆手にとって、そこからの「逸脱」を図ろうとしているかのようです。
 川村悦子《冬の旅 II》 油彩, キャンバス 145.0 x 225.0cm 1988 photo: HAYAKAWA Koichi
《生きるものの記憶 ─ 帆》
楠, ブロンズ
180.0×47.0×65.0cm 1991
photo: 黒川晃彦

保田井は子供のころから、さまざまなフォルムと質感をもつがらくたを拾いあつめる癖があったといいます。そんな彼にとって、やはりフォルムは素材と不可分であって、フォルムと素材とを分ける思考にはなじみきれないところがあるのではないでしょうか。つまり保田井は、素材とはかたちを実現させるための手段でしかないという近代彫刻の理念を十分に咀嚼しながら、なお素材のもつ力への敬意を忘れることがないのです。
保田井の彫刻をめぐる思考と実践は、近代彫刻理念に対する準拠と逸脱の同居するいわば倒錯的な様相を呈しています。しかしこれこそは繊細で知的な保田井のバランス感覚の発露にほかなりません。保田井は近代彫刻の正統的な継承者であると同時に、すでにできあがった概念や枠組みを壊し、もう一度すべてを自分で組み立てなおすことを願うラディカルな求道者なのです。

東京オペラシティ アートギャラリーの寺田コレクションには、保田井の作品の方向性が定まった80年代末から90年代前半の作を中心に30点近くの保田井作品が収蔵されています。この作品群には、上に見た独自の探求の始まりが明瞭に示されています。また、一般に保田井作品の特徴のひとつといわれる瞑想的で謎めいた雰囲気がとりわけ強く現れていることも特筆されます。それは、当時の保田井がとりわけ理想的なもの、聖なるもの、宗教的なものへの共感を通して人間存在に眼をこらしていたことと無関係ではありません。
本展はサブタイトルをこの時期の代表作のひとつ《長円の夜》から借りています。保田井作品のタイトルは非常に重要です。保田井によると、制作の途上でひとつの言葉がキーワードのようにして浮かび、それが完成にいたるまでの制作を導いてくれることがあり、タイトルはそうしたキーワードがもとになっているといいます。それは作品の説明ではないし、既存のテクストからの引用でもありません。それは作品と内的な結びつきをもちながらも、作品の謎をさらに深め、われわれの詩的イマジネーションを掻きたててくれます。保田井智之は造形の人であり、寡黙ながらも言葉の人といえるでしょう。


ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
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展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2011.7.16[土] ─ 10.2[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、8月7日[日](全館休館日)
収蔵品展入場料:200円 (企画展「家の外の都市の中の家」のチケットでもご覧いただけます)

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協賛:NTT都市開発株式会社

お問い合わせ:東京オペラシティ アートギャラリー Tel. 03-5353-0756