プロジェクトN

project N 45 クサナギシンペイ KUSANAGI Shinpei 2011. 4. 9[土] ─ 6. 26[日]

《幽霊になりたい》
アクリル絵具, キャンバス
116.7×91.0cm
2011
photograph: mie morimoto
courtesy: Taka Ishii Gallery

クサナギシンペイ 見えないものに気づくこと

クサナギシンペイは、例えるなら外力をパッシブに受け止めるしなやかなバネと、その気になればいつでもノズル全開でパワーを伝えることもできるニュートラルな位置をキープしつつ、しかし必要なとき以外は無駄に動かない、そんな優れたアスリートを思わせる資質を備えた作家です。そして彼はそうした資質を、普通なら聞き逃してしまいそうな大切ななにかにしっかりと耳を傾けるために、最大限に生かそうとしている・・・。


《みはるかす視線》
アクリル絵具, キャンバス
145.0×145.0cm
2011
photograph: mie morimoto
courtesy: Taka Ishii Gallery
すでにイラストレーターとして安定したキャリアを重ねてきたクサナギですが、ほぼ独学に近い絵画の制作において、近年著しい進展を見せています。彼は生成りのキャンバスに薄塗りの色彩を層状に施し、支持体や絵具といった物質との対話を通して独自の表現を立ち上げます。そこには極めて精妙かつ多義的な抽象空間がひろがっていますが、しかし植物や身近な風景の断片など、具体的なフォルムが混じりこむことで、作品は濃密な気配を帯び、意味や記憶、時間などを喚起していよいよ豊かなものとなってゆきます。

クサナギは、なにかとなにかのあいだ、いわば「中間領域」というものを一貫して大切にしてきましたが、それはひとつの原理やシステムに回収されることを嫌ってニュートラルなポジションにとどまろうとする彼の性向と分かちがたく結びついています。クサナギにとって制作とは、できあがったシステムの反復ではありえず、未知のなにものかとの出会い、あるいは「気づき」のための模索なのでしょう。未知のなにものか、それをクサナギは「どこでもないどこか」、あるいは「見えないもの」といった言葉で表してきましたが、その内実については、あくまで見る者に委ねられています。作品は、すでに存在するメッセージを伝えるために描くのではなく、見る者が自由に受け止め、それを通してなにか大切なことに気づいてくれるきっかけであればよい、とクサナギは再三にわたり語っています。この世界には、「見えないけれども、たしかに存在する」大切なことがあるはずだ、と。


《feeling and feelings》
アクリル絵具, キャンバス
38.0×45.5cm
2011
photograph: mie morimoto
courtesy: Taka Ishii Gallery
ところで作品とはクサナギにとって、自分の直観や意志によってコントロールしつくすべき対象ではないようです。たとえば彼は制作において「不確定な要素」の介在をむしろ積極的に肯定しようとしますし、そもそも作品は見るだけのものではなく、むしろ自分が作品に見られているかのような感覚があるといいます。つまり作品は作者であるクサナギに対しても「他者」の相貌をもって向かってくるわけで、あえていえば、制作することは倫理的な実践だということになります。自己と他者との関係こそ、倫理の生まれる場だからです。じっさいクサナギは、よい絵を描くことが目的なのではなく、描くことはよく生きるための修行だと言い切ることさえあります。クサナギがこうした物言いを辞さないのは、美的な価値の実現をめざす作品制作と、倫理的であるほかない生活実践とをラディカルに重ねて考えようとする密かな決意があるからでしょう。

もちろん繊細なレイヤー構造によって微妙な空間性を実現させる営為は、キャンバスを対象化し、コントロールしようとする強固な意志なくしては成立しえません。しかしそのことを自覚し、認めるがゆえに、クサナギには、それだけに回収されまいとする意識もまた強く働くのです。

こうしてクサナギは、自由でニュートラルな位置をキープしつつ、美的なものと倫理的なものの矛盾を積極的に引き受け、それを生産性の高いハイブリッドへと昇華させます。彼の作品は、高い純度をもった造形的な結晶であるとともに、人間が生きることに対する真摯な問いかけ、探求の軌跡でもあるのです。

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景
photograph: mie morimoto

クサナギシンペイ KUSANAGI Shinpei
1973 東京都生まれ
1997 麗澤大学外国語学部英語学科卒業
1999 桑沢デザイン研究所 II部デザイン科ビジュアルデザインコース卒業
2000 セツモードセミナー卒業
2002 第19回ザ・チョイス年度賞 大賞受賞
2005 アーティスト・イン・レジデンス・プログラム「A.I.R.-Vienna」に参加, ウィーン
2006 BankART Studio NYKにて制作, 横浜
2007 アーティスト・イン・レジデンス・プログラム「Laboratoire Village Nomade」に参加, エスタヴァイエ=ル=ラック, スイス
現在, 東京都在住
   
主な個展
2001 「ロング・シーズン」, マキイマサルファインアーツ, 東京
2002 「one and two」, マキイマサルファインアーツ, 東京
2004 「交響」, スフェラ・ギャラリー, 京都
2007 「エレホン」, gallery.sora., 東京
2009 「アイデス」, タカ・イシイギャラリー京都
「Towing Voyage」, Altman Siegel Gallery S/F, サンフランシスコ
   
主なグループ展
2002 「フィリップモリス・アートアワード2002:ザ・ファースト・ムーヴ」, 東京国際フォーラム(カタログ)
2004 「invisible birds」, タカ・イシイギャラリー, 東京
2005 「5 Japanese Artists in Vienna」, パレス・ポルツィア, ウィーン
2011 「VOCA展2011 新しい平面の作家たち」, 上野の森美術館, 東京(カタログ)

主な参考文献
・堀元彰「クサナギシンペイ」,『VOCA展2011 現代美術の展望 ― 新しい平面の作家たち』,「VOCA展」実行委員会, 2011年, pp. 52-53/Hori, Motoaki. "KUSANAGI Shinpei," VOCA 2011 The Vision of Contemporary Art, Committee for the Exhibition "VOCA," 2011, p.101


■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2011.4.9[土] ─ 6.26[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は20:00まで/最終入場は閉館の30分前まで)

休館日 :月曜日(ただし5月2日は開館)
入場料 :企画展「ホンマタカシ ニュー・ドキュメンタリー」、収蔵品展「037 李禹煥と韓国の作家たち」の入場料に含まれます。

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団

お問い合わせ:東京オペラシティ アートギャラリー Tel. 03-5353-0756