収蔵品展037
李禹煥と韓国の作家たち 2011.4.9[土] ─ 6.26[日] 李禹煥《線より》 岩絵具,キャンバス 99.5 x 80.0cm,1976
李禹煥《線より》
岩絵具,キャンバス
99.5 x 80.0cm,1976

存在としての白 ─ 李禹煥と韓国の作家たち

柳宗悦の著書『韓国を想う』には、柳が天下随一の茶碗「喜左衛門井戸」を手にした時の鮮烈な印象が記されています。
天下の名器の正体は「平々坦々たる姿をした」李朝の飯茶碗でした。乱暴に焼かれ、数多く作られ、引っ掻き傷があり、使った後ろくに洗われもしない、ざらにある当り前な器。そこに美を見出したのは朝鮮の人々ではなく、日本の茶人だったのです。彼らの眼が「平易」の世界から美を取り出したのは、そこに「自然さ」を感じたからでした。「坦々として波瀾の無いもの、企みの無いもの、素直なもの、自然なもの、無心なもの、奢らないもの、誇らないもの、それが美しくなくて何であろうか。」[*1]
自然と一体になり、周囲と調和する暮らしの中に美を見出してきた日本人にとって、朝鮮半島の人々の自在な精神との出合いは美の概念に新たな広がりをもたらしたことでしょう。多少のゆがみなど意に介さない。体裁よりも実を取る。些細なことにとらわれず、ものの全体を見る。大陸の風土と人々の創意から生まれるそのおおらかな仕事に、日本人は憧れを抱いてきました。同じ大陸続きでも、中国の強さとは異なる素朴でしなやかな風情は、現代もなお我々の感性に染み入るようです。

「東洋的抽象」のテーマをもつ寺田コレクションには、韓国をルーツとした作家の作品が多く収蔵されています。コレクションを収集した寺田小太郎氏は「日本的なるもの」への探求を進めるうち、歴史的にも現代においても日本の美の源流に朝鮮半島の影響があることを強く感じたといいます[*2]。また寺田氏によれば、コレクションのもう一つのテーマ「ブラック&ホワイト」の「ホワイト=白」は、寺田氏が韓国の作家の作品に惹かれる要素の一つです。李朝の白磁や木綿の衣服を思わせるそれは、黒と同様、寺田氏が魅力を感じてきた「『表現』と『非表現』の世界」を往還する色なのです。すなわち表現の要素を削ぎ落としてゆくことで向かう無の世界であり、同時に豊かな世界の広がりを想像させます。

白の画面に点や線を描く李禹煥(リー・ウファン)の平面作品からは、地と図の関係から生まれる緊張感に、凛とした空間が生まれます。
60年代後半から70年代半ばに展開された日本の現代美術の動向「もの派」を牽引した李禹煥は、石、綿、紙などの自然物と、鉄、ガラスなど、未加工の工業製品といった「もの」の間に自らの意志を介することで新たな関係性をつくり出し、我々をとりまく世界のあり方に触れようとしました。素材に手を加えず空間に置くことで生まれる作品は、その場限りの、時間の経過とともに消滅するもので、東洋的ともいえるその事象の捉え方は70年代の絵画のシリーズ〈点より〉、〈線より〉につながりを見出すことができます。画面上の筆のストロークは反復することで「ズレ」てゆき、一瞬の点や線が細かな振動となってそこに新たな空間が誕生するのです。続く80年代における〈From Winds〉、〈With Winds〉のシリーズは、よりダイナミックに空間を意識したものになっています。筆の勢いとキャンバスの余白が呼応して、風や空気の流れが巻き起こるようなエネルギーが感じられます。

陶土を焼成した作品を空間に忍び込ませる尹熙倉(ユン・ヒチャン)の仕事も、周囲と「もの」との関係に問いを投げかけるものといえるでしょう。シリーズ〈何か〉は、その乾いた白さと簡潔なかたちゆえに、一見そこにあると気づかれないほど静かな佇まいです。しかし白い表面に浮かび上がる灰色がかったイメージや、ざらりとした鉱物を思わせる質感に目を凝らすうち、それが絵画か立体かという問題を越えて、ものとしてただそこにあることが、波動のように伝わるのです。

郭仁植《Work》彩墨,和紙 54.2 x 35.2cm,1981
郭仁植《Work》
彩墨,和紙
54.2 x 35.2cm,1981


崔恩景《Beyond the Colors #43》テンペラ,油彩,キャンバス 160.0 x 194.0cm,1997
崔恩景《Beyond the Colors #43》
テンペラ,油彩,キャンバス
160.0 x 194.0cm,1997
郭仁植(カク・インシク)は、ガラスや金属を用いた前衛的な制作を経て絵画表現に到達しました。彩墨で繭が重なり合うような空間を描いたシリーズ〈Works〉は、墨色の濃淡、あるいは墨と黄色、赤橙色、青といった色の堆積による、いわば光と影(=自然そのもの)の抽象です。幾度となく彩墨の点を重ねることで郭は白い画面に宇宙の深淵を見たのでしょうか。郭仁植の絵画は、未知の領域に到達するための実験的行為といえるかもしれません。

色彩とは、光であり、感触であり、大気に含まれる湿度であることを思わせるのは、崔恩景(チェ・ウンギョン)の連作〈Beyond the Colors〉です。「色彩の向こう側」というタイトルの通り、白、空色、黄土色といった自然界から掬い上げたような色を特徴とする崔の作品には、抑制された色の中の多彩とでもいうべき豊かな色があります。それらはまるで卵白、乳白、灰白といった李朝白磁の肌の階調のように、見る者の眼を自然へと開かせます。

本展で紹介するのは、長年日本で過ごした郭仁植や李禹煥、パリで制作を続ける鄭相和(チュン・サンハ)、日本で生まれ育った尹熙倉をはじめとする様々なかたちで韓国と日本、あるいは西洋に制作の根を広げてきた作家です。彼らが西洋を起源とする近現代の美術の流れの中で個を意識し、独自の作風に到達したのは明らかですが、彼らの作品にみられる存在そのものへの関心や、自然と美が結びつく瞬間を捉える直観、時に自然を超えようとする人間の根源的なエネルギーに触れるたび、日本人が古くから憧れをもってきた、かの国の風土に由来する自然の鼓動を感じずにはいられません。
「美は作られるのではなく、授けられたものであり、自然への従順な態度がこの恩恵を受けるのだ」と柳が述べる通り[*3]、彼らの作品は我々に感覚を解放して対象を見るよう訴えてきます。我々の美に対する眼は、やはり現代においても彼らの自然観と出合うことで開かれるというほかありません。

[*1]柳宗悦『韓国を想う』、筑摩書房、1984年、p.195
[*2]寺田小太郎、大島清次「コレクションにおける「私」性」(対談)、『東京オペラシティアートギャラリー収蔵品選』、(財)東京オペラシティ文化財団、1999年、p.137
[*3]柳宗悦、前掲書、p.197


ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
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展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2011.4.9[土] ─ 6.26[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は20:00まで/最終入場は閉館の30分前まで)

休館日:月曜日(ただし5月2日は開館)
入場料:200円(企画展「ホンマタカシ ニュー・ドキュメンタリー」のチケットでもご覧いただけます)

主催:公益財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:ジャパンリアルエステイト投資法人

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756