プロジェクトN

project N 44 吉田夏奈  YOSHIDA Kana 2011.1.15[土] ─ 3.27[日]
《Beautiful Limit ─ 果てしなき混沌への冒険》(部分) クレヨン, オイルパステル,紙,木製パネル 60.5 × 91.0 cm(各),サイズ可変 2010 photograph: 早川宏一 photograph permission: トーキョーワンダーサイト本郷
《Beautiful Limit ─ 果てしなき混沌への冒険》(部分)
クレヨン, オイルパステル,紙,木製パネル 60.5 × 91.0 cm(各),サイズ可変
2010
photograph: 早川宏一
photograph permission: トーキョーワンダーサイト本郷
 

身体がつくるリアル ─ 吉田夏奈のドローイングについて

ヨセミテ、イエローストーン国立公園、ニューメキシコ、ボルネオのキナバル山、ノルウェーのソグネフィヨルド。吉田夏奈が臨む登山や冒険活動は、作家としての日常の知覚の領域を拡張する刺激的な体験といえるでしょう。 本展会場のコリドールいっぱいに展開される風景《Beautiful Limit ─ 果てしなき混沌への冒険》の前半は北アルプスの山々で構成されます。たとえば吉田が「奥穂高岳へ向かう重太郎新道から見たジャンダルムの側面」、「足がすくんで下が見られなかった岩壁のトラバース」、「疲労の震えでなかなか降りられなかった急勾配のガレ場」「パーティーが自分を置いて先に行ってくれと言った地点」などが出現し、その間に高度2000m付近に生育する常緑低木のチングルマやハイマツが生い茂っています。明確に"部分"が実在するのに、現実にはない風景。それは吉田の身体感覚にあわせて「詰め込まれた」世界なのです。彼女にとってのリアリティは、自分の身体で捉えることが可能な断片の、ごつごつとした連続の中に存在します。異なるスケールや遠近感が混在し、あちこちが歪んでも躊躇することなく、吉田はどんどん描き進んでゆきます。

1998年頃からパフォーマンスやアートプロジェクトの経験を重ねていた吉田が絵画制作に着手するきっかけとなったのは、2003年の曽根裕の企画による秋吉台でのワークショップ「理想の洞窟」への参加でした。真っ暗な洞窟の中でサーチライトを装着し、「光り輝く瞬間を求めて」行うデッサンは、吉田の感覚をそれまでになく解放するものであったといいます。見えないけれども、もともとそこにある何かを素手で探るようなこの体験によって、吉田は知覚で到達可能な領域の向こうに広がる世界を想ったに違いありません。そしてそこへ到達するための方法を、彼女は今なお模索しているのです。
《Beautiful Limit ─ 果てしなき混沌への冒険》(部分) クレヨン, オイルパステル,紙,木製パネル 60.5 × 91.0 cm(各),サイズ可変 2010 photograph: 早川宏一 photograph permission: トーキョーワンダーサイト本郷
《Beautiful Limit ─ 果てしなき混沌への冒険》(部分)
クレヨン, オイルパステル,紙,木製パネル 60.5 × 91.0 cm(各),サイズ可変
2010
photograph: 早川宏一
photograph permission: トーキョーワンダーサイト本郷

吉田のドローイングとは、線を引くことで、身体感覚で受けとめきれなかった自然の "部分"と"全体"を見直すことであるといえるでしょう。すなわち、圧倒的な存在感で目の前にあった山の稜線を辿り、恐怖と闘いながら一歩ずつ踏みしめた足下の岩を紙の上で凝視し、360度全方位から身体を包み込んでいた "気"の記憶を、忠実に画面に置き換えるのです。吉田の制作は、旅の道程で遭遇した「ありえないような風景」を写真で記録することから出発しました。そしてそれらをもとに記憶に残る場面のデッサンを描きおこし、繋ぎ合わせることでパノラミックな風景を創り出すようになってゆきました。かつて「なぜドローイングなのか」という問いに対し、吉田は「写真ではずるいような気がして」と答えています。写真の再現性にもグーグルアースの仮想空間にもない「体験的な場所のリアリティ」は、彼女自らの身体と、身体が生み出す時間をもってのみ定着させられるものなのです。

一連のドローイング制作において、吉田の関心は画面を作り上げることよりも、身体の記憶をとどめる線にあるようです。《Beautiful Limit ─》では微妙に色味の異なるグレーや赤茶色の単色のクレヨン(もしくはオイルパステル)による線が、かすかな強弱の均衡を保ちながら岩の形状の一つ一つを丹念に描き出しています(ちなみにこれらの画材は既製品を一度溶かし、吉田の求める色に調色して成形したオリジナルです)。その膨大な線の集積がCGのワイヤーフレームのような網目となってびっしりと全体を覆い、山の起伏の構造だけを露わにします。画面と手の親密な距離から生まれる緻密な線は、吉田が確かにこの山に挑み、この画面と対峙したことを二重に彷彿させます。陰影も背景も描き込まれない白抜きの画面は、線の孕む時間の重さを携えてずしりと迫ってくるのです。

ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

吉田夏奈 YOSHIDA Kana
1975 東京都生まれ
2002 広島市立大学芸術学部デザイン工芸学科卒業
2003 「曽根裕 理想の洞窟 秋吉台ワークショップ '03」に参加,秋吉台国際芸術村,山口
2006 アーティスト・イン・レジデンス・プログラムに参加,ロサンゼルス
2009 アーティスト・イン・レジデンス・プログラムに参加,フィスカルス,フィンランド 現在,神奈川県在住
   
主な個展
2003 「Moving Home - over the lake」,聖湖,広島
2007 「For the Love of Beer」,T.Y.Harbor Brewery,東京
「Montagnes for French Dining」,フレンチダイニング,東京
2009 オセロ: black and white on the lake」,ザ・イングリッシュパーク,フィンランド 「Sky diving to Fiskars」,フィスカルス,フィンランド
2010 「TWS Emerging 148」,トーキョーワンダーサイト本郷,東京(カタログ)
   
主なグループ展
2003 「理想の洞窟 ─ White Cave」,秋吉台国際芸術村, 山口 (カタログ)
2009 「第5回雪のデザイン賞入選作品展」、中谷宇吉郎 雪の科学館、石川(カタログ) 「トーキョーワンダーウォール公募2009」,東京都現代美術館
   
主な参考文献
  • 吉田夏奈「探求者たち」(コメント),『秋吉台ワークショップ'03 曽根裕 理想の洞窟』カタログ,2004年,p.106
  • 樋口敬二「審査講評」『第5回雪のデザイン賞入選作品展』図録,2009年,p.4


■インフォメーション

会場:東京オペラシティ アートギャラリー 4Fコリドール
期間:2011.1.15[土]─ 3.27[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日 :月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、2月13日[日](全館休館日)
入場料 :企画展「曽根裕展 Perfect Moment」、収蔵品展「036 ゆきつきはな わが山河 Part III」の入場料に含まれます。

主催:公益財団法人東京オペラシティ文化財団
協力:ぺんてる株式会社
お問い合わせ:東京オペラシティ アートギャラリー Tel. 03-5353-0756