収蔵品展036 ゆきつきはな わが山河 Part III  2011.1.15[土] ─ 3.27[日] 河原朝生《時間の部屋》 油彩, キャンバス 129.3 x 160.9cm 2004 photo: HAYAKAWA Koichi
稗田一穂
《春満つ谿》
顔料,紙(六曲一隻屏風)
172.6 x 365.0 cm,2004

無常の美 日本的なるもの

「わが山河」は、当館コレクションの寄贈者である寺田小太郎氏自らの選定によってコレクションの源流をたどる特別企画シリーズで、本展で三回目を数えます。今回は「ゆきつきはな」と題して日本画の中に描かれた四季の風景で構成し、コレクションの基軸をなすコンセプト「日本的なるもの」を探る機会です。 「雪月花」は唐代の詩人、白居易が友人の殷協律に宛てて詠んだ詩の一句に由来し、四季折々を示す表現ですが、日本にこの詩が伝えられてこの言葉はことに愛用されるようになり、ひいては移ろいゆくものの美しさを愛でる日本人の美意識そのものを指す言葉として用いられるようになりました。「雪」「月」「花」はいずれもはかなく消えゆくものですが、常ならぬさま、無常のものに美を見出す日本古来の美意識と合致したことで、絵画や文学のみならず、工芸、建築などにおいても頻繁に扱われる主題となったのです。

タイトルにならい、展示は雪景色を描いた作品群で始まります。正面の壁面には、並木功の《月下浅間》を中心として、水墨による雄大な雪山の風景が展開されます。強いコントラストで描かれた浅間山は、月明かりに照らされて聳え立ち、信仰の対象でもあった山岳の神々しさを湛えています。古くから噴火をくり返してきた浅間山ですが、並木の画面は静謐さを感じさせるほどに穏やかで、観る者がその静けさの中に潜む膨大なエネルギーを意識する時、画面の緊張感は一層増します。一方、大竹卓の《暮雪》《白馬行雲》は、同じ雪山を描きながらも、水墨画独特の湿り気を帯びたその画面はどこまでもやわらかで伸びやかです。和紙の白を活かし、墨の微妙な階調によって大気まで描き込んだ大竹の水墨画は、鑑賞者の皮膚感覚に訴え、きわめて写実的ながら詩情に富んだ作品です。 冬は生命の活動が停滞する時期ですが、厳しい環境の中でも生物は生を営み、春の訪れを待ちます。小山内勤の《冬北猿》、加藤厚の《冬野》、稗田一穂の《寒烏》、小山硬の《早春譜》、牧野環の《共に舞う》といった一連の動物を描いた作品には、自然の厳しさとそこに生きる生命のたくましさが対比的に表され、観る者の生きる本能をゆさぶります。

 川村悦子《冬の旅 II》 油彩, キャンバス 145.0 x 225.0cm 1988 photo: HAYAKAWA Koichi
近藤弘明
《幻青花》
顔料, 紙(二曲一隻屏風)
168.5 x 166.0 cm,2003

続くギャラリー2の前半では、雪解けから満開の桜まで、さまざまな春の風景を展覧します。重岡良子の《春萌野》は、残雪の中、わずかに芽を吹きはじめた木々のみずみずしさが印象的な作品です。控えめな色遣いで春の息吹を存分に表した画面からは、待ちわびた瞬間に立ち合えた喜びのような感情が湧き起こされます。長い冬を越えると、自然界は花に彩られます。「花」といえば桜が連想されるほど、桜は私たちにとって格別に思い入れの深い花ですが、平安時代まで「花」が指すのは梅であったといわれています。名残の雪の中、一足早く春の訪れを告げるのは梅の種々で、香り高い白梅の開花はいにしえの人びとにとって待ち遠しいものだったことでしょう。いつしか花の代名詞が桜にとってかわったのは、その開花が稲作作業の目安にされるようになったこと、また、わずかな期間で散るそのはかない美しさに人の命が重ね合わせられるようになったことなどの要因が挙げられています。

展示室後半は、月の情景と秋の風物を描いた作品で構成されます。平松礼二の《うさぎ追いし》は、画面の大部分を細かな線で描写されたすすきが占め、深みのある色の帯が大きな線として画面全体を水平に横切っています。「奔放で自由で生命を感じさせる線を描くためにはやはり写生が必要なのです」[*1]という平松は、決定的な線を得るために自然を凝視し、その内なる声を聞こうと忍耐強く待ち続けます。自然の本質を見出すため、余分な要素をひとつずつ排除することで、その画面には気配だけが抽出されたかのような純粋さが獲得されるのです。 月は満ち欠けをくり返すその性質から、移ろいやすいもの、神秘的なものの象徴とされ、それは稗田一穂の《高原》、近藤弘明の《幻青花》《霊秋》などの作品でも顕著に現れています。ためしにそれぞれの作品の前に立って、月の部分を覆うように手で視界を遮ってみると、月の存在が画面の幻想性に大きく作用していることに気付くでしょう。圧倒的な象徴性を持つ月に挑んだ各作家の表現に注視してみてください。

雪月花というテーマのもとに構成された本展をあらためて展望すると、「雪」「月」「花」はいずれも「白」に結びつくことに気付きます。なににも染められていない、純粋で厳格な色である白と、移ろいやすく潰えることが自明であるという雪月花の持つ二律背反性が、各時代の作家の琴線に触れ、さまざまな創意の喚起に寄与したのではと考えるのは飛躍がすぎるでしょうか。「日本的なるもの」には、単元的な視点では収斂されえない、多様な解釈があり得ることは確かであるように思います。

[*1]平松礼二「裸景の冬」,『波の国から巡り来る』,ビジョン企画出版社,1992年,p.174

並木功《月下浅間》 墨、岩絵具、雲肌麻紙(四曲一双屏風) 169.5 x 569.6cm 2006

並木功
《月下浅間》
墨,顔料,雲肌麻紙(八曲一隻屏風)
169.5 x 596.6 cm,2006


ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2011.1.15[土] ─ 3.27[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、2月13日[日](全館休館日)
入場料:200円 (企画展「曽根裕展 Perfect Moment」のチケットでもご覧いただけます)

主催:公益財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:ジャパンリアルエステイト投資法人

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756