収蔵品展033
ジオメトリック・イメージズ 2010.4.10[土] ─ 7.4[日] 野田裕示 | NODA Hiroji 《Work 629》アクリル絵具,キャンヴァス 227.3 x 145.5cm, 1991
野田裕示
《Work 629》
アクリル絵具,キャンヴァス
227.3 x 145.5cm, 1991

いわゆる抽象画、何らかの幾何学的な構成やルールによって描かれているもの、あるいは物質的な側面を強調する絵画などをコレクションの中から集めました。 本展は「東洋的抽象」、「ブラック&ホワイト」というコレクションの基本性格で分類すると、なかなか同じ空間に展示することが難しい作品群を並べることで、コレクションに共通する新たな一面を探る試みです。

美術の歴史をとても大雑把に紐解いてみれば、20世紀は絵画が絵画として自立することへの探求に費やされました。絵画以上に現実を忠実に再現できる写真や映画などの科学技術の発展によって、絵画は現実を忠実に再現することや、ある特定の出来事や事象を物語ることから離れて、絵画でしか表現できないことへの探求自体が、絵画制作の目的となりました。例えばギャラリー4の前半部分に並ぶ吉原治良の作品や、彼が率いた具体美術協会に参加していた松谷武判の作品は、実際に存在する特定の円やかたちを再現したのではなく、制作における身振りの痕跡や素材そのものの物質感を表現したものです。ギャラリー3に展示されている小野木学の作品や、ギャラリー4のオノサト・トシノブや菅井汲による作品は、現実を幾何学的な構成や色彩のリズムへと還元したものと捉えられましょう。彼らは目に見える世界を忠実に描くのではなく、むしろ世界を成り立たせている構造や本質の抽出を試みています。
今展では野田裕示の絵画がギャラリー3の約半分を占めます。1952年生まれの彼の絵画には、今述べてきたような絵画の平面性や物質的な側面を追求した先行世代の影響が色濃く残っています。そこに見られる幾何学的な図形の繰り返しは、絵具によって描かれたり、キャンバスの切れ端を貼り付けたり、またはキャンバスを折り返したりしてかたち作られています。それは明確な意味を図示するかたちというより、絵画の平面性を喚起させます。けれども、野田の絵画においてなにより印象的なのは、キャンバスの貼り重ねやキャンバスを木枠の側面でつなぎあわせて、ぐるりと袋状に仕立てることで生まれる絵画の物理的な「重たさ/存在感」ではないでしょうか。それゆえ、彼の絵画は見るものの、視覚的には図形の配列による緊張感、身体的には物体としての存在感を喚起させ、二次元とも三次元とも定義しえない次元へと見るものを誘ってくれるのです。

小野木学《風景》油彩, キャンバス 130.0 x 130.0 cm, c.1974
小野木学《風景》
油彩, キャンバス 130.0 x 130.0 cm, c.1974


李禹煥《点より》岩絵具,膠,キャンバス 72.7 x 90.5 cm, 1978
李禹煥《点より》
岩絵具,膠,キャンバス 72.7 x 90.5 cm, 1978
蓜島伸彦の作品は、ほかの作品と違って明確になにかが描かれています。題名も《Work》云々など素っ気ないタイトルが並ぶ本展にあって、《Penguin》《Cow》と具体的な対象を指す言葉が付せられているように、それらは動物のフォルムを示唆します。しかし、ステンシルによって制作された動物のフォルムは、作者の内的感情や表現の痕跡が最小限に抑えられ、あくまで絵画平面上に型押しされた絵具の集積の域を出ることはありません。ゆえにそれは、実際に存在する動物を象った輪郭線というより、絵画平面上にフォルムそのものとして生を享けているかのように感じられます。

絵画や絵具としての物質感をかきたてる幾何学的なかたちは、ある特定の言葉や意味を明確に指し示す記号的なかたちではないために、その見え方は見るものの想像力を刺激します。美術史学者のアンリ・フォシオンは『かたちの生命』において、かたちは、ある特定の意味を指し示すためだけに作られた空虚な記号のようなものではなく、かたちそれ自体としての意味や魅力を持っていると述べています 。例えば、古代エジプトの羊皮紙に書かれた絵文字の、たとえその意味が解読できないとしても、私たちはその絵文字のかたち自体に魅力を感じることができるように、かたちにはそれ自体に固有の意味があり、また私たちはそれを見いだすことができるでしょう。このようにして画家が生み出す幾何学的なかたちや物質としての絵画自体の魅力や意味は、作品とそれを能動的に見る私たちとの間に生まれます。作品を見るとは、あるいはコレクションを築くとは、あくまで作品と人との対話の積み重ねなのではないでしょうか。終わりのない対話を紡ぎながら、作品やコレクションと私たちの関係が変化して、それらが持つ意味も少しずつ変化していくのかもしれません。フォシオンが「かたちとは生命の様態である。」と評したのは、かたちが持つそのような可能性のことでしょう。ジオメトリック・イメージズは、今、変化のとば口に立って、私たちからのまなざしを待っています。

1. アンリ・フォシオン『かたちの生命』阿部成樹訳,ちくま学芸文庫,2004年,pp.7-55.
2. 同上,p.10.



ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2010.4.10[土] ─ 7.4[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(ただし5月3日は開館)
収蔵品展入場料:200円
(企画展「猪熊弦一郎展『いのくまさん』」のチケットでもご覧いただけます)

主催:公益財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:日本生命保険相互会社

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756