収蔵品展030 開館10周年記念 響きあう庭  2009.7.18[土] ─ 9.27[日] 井田照一 《共鳴画:気化と落下の位置-墨と泥》 酒,泥土,墨,木炭,山水,井戸水,睡眠薬,蓮水,波動水,紙(二曲屏風) 136.5 x 139.0cm,1992 photo: SAITO Arata
井田照一
《共鳴画:気化と落下の位置-墨と泥》
酒,泥土,墨,木炭,山水,井戸水,睡眠薬,蓮水,波動水,紙(二曲屏風)
136.5 x 139.0cm,1992
photo: SAITO Arata

10年目の庭に響く音

1999年に開館した東京オペラシティアートギャラリーは今年10周年を迎えます。今回の収蔵品展ではコレクションの成り立ちと10年の歩みを振り返りながら、コレクションの形成と展覧会という場を「庭」になぞらえて、集められたひとつひとつの作品が奏でる音色とそれらが生む多層的な響きに耳を傾けてみましょう。

東京オペラシティコレクションは、寺田小太郎氏という個人の篤志によって寄贈された作品から成るという点で、多くの美術館で公開されるコレクションとは異なる収蔵経緯、性格を持ちます。寺田氏は東京オペラシティ街区の開発に際し、共同事業者として代々の所有地を提供する一方、ギャラリーへの寄贈を前提とした美術作品の収集を本格的に始めました。その発意について寺田氏は次のように語っています。
「(前略)戦争・空襲を体験した私には、価値として何が残るのかという意識がつねにあり、財産を残してもとても空しい感じがするのです。不況と言われながらも、今の飽食の時代に人びとは豊かな生活を重ね、その果てに何で満足するのか、自分の生きた証として何を残すのか。私は、最終的には芸術しかないと感じるのです。」
[*1] 長年造園業にたずさわった寺田氏にとって、芸術を通じた事業への参加もまた庭づくりでした。土地を定め、土を耕し、そこに植える植物を各々の個性と全体の構成の双方を確かめながら丹念に選び、配置する。このように集められた作品は開館時で約2400点を数え、以降も続けられる寄贈によって現在は約3000点に上ります。

本展では、このように形づくられたコレクションの骨格、あるいは傾向をあらわす作品を選び、構成しました。展示の冒頭は難波田龍起による《昇天:武満徹の魂に捧ぐ》です。武満徹は世界的に評価の高い作曲家であり、晩年は東京オペラシティの音楽事業において初代芸術監督としてその設立と方針づくりに心血を注ぎました。1996年、コンサートホール開館直前に逝去した氏を弔い、ギャラリーのコレクションの核を成す画家である難波田龍起が描いたこのタブローは、音楽、美術を両翼とする東京オペラシティを象徴する一枚です。本展に出品した難波田作品のうち2点は、それぞれ武満徹、そして当館コレクションのもう一人の中核作家である難波田の次男・史男の早すぎる死の後に描かれたものですが、そこには悲劇的な現実を含めた「すべて」と徹底的に向き合い、その体験を通して人間の真理を見出すことに使命を帯びた画家の姿が見えます。展示室対面に展示された晩年の大作《生の記録3》の深い青の立ち上る様は、難波田自身の「生」の現実そのものであると同時に、すべてを受け容れる絶対的なおおらかさをもって、観る者一人ひとりにその根源を問いかけるかのようです。

難波田史男 《松明を捧げる少年》 水彩,インク,紙 20.3 x 32.0cm,1974 photo: SAITO Arata
難波田史男《松明を捧げる少年》
水彩,インク,紙
20.3 x 32.0cm,1974
photo: SAITO Arata

難波田の精神性に共感を覚えた寺田氏はコレクションの主軸に難波田龍起を据えることとしました。戦後の価値混乱を経験し、自らの存在を、あらゆる事物の根源を模索せざるを得なかったという寺田氏は、その過程で「日本的なるもの」またその生成に深い影響を与えた韓国の文化に視野を広げることとなり、「東洋的抽象」「ブラック&ホワイト」のテーマのもとに韓国をルーツとする作家の作品も多く収集されました。ギャラリー3では、油絵具の小さな枡目で画面を埋めつくした鄭相和、和紙の上に繭型の彩墨を重ねる郭仁植といった反復する作業に求道的な精神を感じさせるもの、湿り気を帯びた大気と自らの内面をひとつながりとしたかのような崔恩景、最少の要素で画面にダイナミックな動きを与える李禹煥など、韓国出身の作家の、多様な価値観の渦の中に自己を立脚させた作品が並びます。

こうした抽象絵画が作家の内省による精神の表出であるとすれば、同じ展示室後半に展示された具象的な人物像は、周囲を観察、描写することで人間の本質を見出そうとする試みであるという意味で、アプローチの違いこそあれ共鳴する部分があるでしょう。舟越桂の等身大を超える立像はどこか所在なげで、よく知られる作家の彫刻作品と同様、その表情からは感情が見えません。まるで観る者の感情を汲み出し、その受け皿となるかのように、どこにも属することなく立っているのです。相笠昌義の場合、人の日常の営みを丹念に観察し、その記憶を画面に構成することで、社会生活における人間の孤独、虚無を客観的に描き出します。当コレクションには相笠の作品がまとまった点数で収蔵されていますが、寺田氏は相笠の冷静な中にも暖かさのある人間へのまなざしに惹かれたと語っています。

人間を知ろうとするためにまずは近いところから、という信念にもとづいた寺田氏の「日本的なるもの」の探求は、ギャラリー4に展示された作品群から見てとれるでしょう。あるがままを描いた日本画の柔らかな写実性は、竹内功一の静かに佇む馬に、西田俊英の詩情あふれる風景に顕著です。一方で、吉祥果の石榴と常緑のサボテンをモチーフに太古の祈りを表したような内田あぐりの《吉祥図》や、未知の場所として人びとに憧れと怖れを抱かせた西野陽一の《竜宮 I》、茫漠とした廃墟を描いた松本哲男の《高昌故城》などに見られる、古来人間が持ち続けてきた自然への畏怖、生きることへの情念は、遠い過去として分断されたものではなく、現在を生きる私たちに遺伝子のレベルで受け継がれていることでしょう。

松本哲男 《高昌故城》 岩絵具,和紙(六曲屏風) 170.0 x 390.0cm,1988 photo: SAITO Arata
松本哲男《高昌故城》
岩絵具,和紙(六曲屏風)
170.0 x 390.0cm,1988
photo: SAITO Arata

当館の収蔵品を概観する本展の最後は、コレクションを新たに彩る若手作家の作品で締めくくられます。身近な対象物を極端にクローズアップすることによって観る者の五感を心地よく混乱させる伊庭靖子、同じく画面いっぱいに描くことで対象に圧倒的な存在感を与える富田有紀子、一見すると写実的な風景ながらどこか白昼夢のような幻想性を帯びた小西真奈、画面全体がモチーフの少年の脆さ、はかなさによって不穏な気配に支配された山本麻友香。近年収集されたこれらの作品は、コレクションという庭を今後どのように展開させていくのでしょうか。

「このコレクションは、あくまで私個人の目と頭でつくったものですから、偏りの多い癖のあるものだと思います。しかし、ある面それがおもしろいのではと思っています。」と寺田氏が語るとおり[*2]、そのコレクションには寺田氏の精神から紡ぎ出された「東洋的抽象」「ブラック&ホワイト」の二大テーマ、そしてその根底にある「日本的なるもの」の探求が基調として流れながらも、そこに帰着し得ない多様性、異質性が認められます。しかしその音色は思わぬ機会に別の音と共鳴することもあるでしょう。多様性、異質性を受け容れながら成長を続ける庭の中で、新たな響きを探す楽しみに身を委ねてみましょう。

*1:寺田小太郎,大島清次「コレクションにおける「私」性」(対談),『東京オペラシティアートギャラリー収蔵品選』,(財)東京オペラシティ文化財団,1999年9月9日,p.135
*2:寺田,大島,前掲対談,p.135



ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
ギャラリー展示風景 ギャラリー展示風景
展示風景

■インフォメーション

会場:ギャラリー3&4(東京オペラシティ アートギャラリー 4F)
期間:2009.7.18[土] ─ 9.27[日]
開館時間:11:00 ─ 19:00(金・土は11:00 ─ 20:00/いずれも最終入場は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、8月2日(全館休館日)
入場料:企画展「鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人」の入場料に含まれます。

主催:財団法人東京オペラシティ文化財団
協賛:小田急電鉄株式会社、ジャパンリアルエステイト投資法人

お問い合わせ:東京オペラシティアートギャラリー Tel. 03-5353-0756