2000.3.3[金]― 5.14[日]
第2回目を迎えます、今回の"project N"では、荻野僚介(1970年生まれ)をご紹介します。 荻野の作品に漂う画面の緊張感。それは、互いに後は王将を狙うのみとなった、最終局面の将棋盤上にも似ていると言えるかもしれません。そこでは、その局面に至る過程で力不足となった数々の駒が取り去られ、最大の力を持つ最小限の駒が次の一手を待って、お互いが張り詰めた関係で対峙しています。荻野の画面には、そうした緊迫感が感じられます。 荻野の作品には、特徴的なスタイルがあります。《w297×h612×d26》(図版1)などに代表される、明るく、メリハリの効いた色面構成による作品と、《w805×h1310×d39》(図版2)のように驚くほど均一に平塗りされた色面に、まるで図鑑から切り取ったかのように写実的に描かれた、定規、イスやくぎ、バット、骨などのイメージを組み合せた作品。どちらのタイプも、描かれるイメージの位置やかたちが、支持体であるキャンバスと呼応していて、絶妙なバランスと緊張感を保っています。 |
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彼の作品がもつ、これ以上は足しも引きもできない、張り詰めた画面の緊張感は、技法にも裏付けされています。荻野は、色とかたち全てが等価になるよう画面を構成し、1枚1枚、イメージに呼応するよう手作りされた形と大きさのキャンバスに何度も色を重ねては塗り直す作業を繰り返します。マスキングテープを駆使し、際と際の色同士が混ざらないよう、細心の注意を払って均一に塗られるため、1点にかなりの時間がかけられます。画面から発せられる緊張感は、彼が画面に向かうときの意識の現われでもあります。 また、具象のイメージと抽象的な構成を区別することなく並行して描き、キャンバスの側面にも色を塗り、さらに多くの作品をヨコ(w)×タテ(h)×厚み(d)の3サイズで示しているところから、荻野の表現は、たとえモチーフが何であれ、絵画をイメージが描かれた"もの"として存在させる試みであるとも考えられるでしょう。2次元に描かれているイリュージョンであると同時に、3次元に存在する物質でもあるイメージ。これは、荻野の作品の共通項であり、彼の表現が、絵画における主役と脇役、前景と背景、具象と抽象、2次元と3次元といった、見えない境界線を自在に越えて存在し得ていることを表すものでしょう。その自在さは、先に述べた彼の画面に見られる緊張感を過度に強調することなく、作品を軽やかにさえ見せています。 今回出品している作品のうち、《無題》(図版3)は、荻野にとって久しぶりの油彩です。中央にある真っ青な、具体的に何ものとも言いようのないまさに"イメージ"そのものが、油絵具の凹凸感により、型押しされているようにも、また鮮やかなオレンジの表面を切り抜いて出てきたようにも見えます。素材もまた、彼の表現に制約を与えるものではないのです。 |
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荻野の作品は、色や形がせめぎあっている"瞬間"を作品という"もの"として最大限に表現するために、不必要な要素をぎりぎりのところまで削ぎ落とした結果、生み出されるものです。ですから彼は、作品に題名をつけることに積極的な意味を見出さず、その多くの作品には、ものとして存在するキャンバスのサイズがそのまま題名として付けられています。 「ダブル・ポジティブ」展(1999)の会場で配布しされたインタヴューのなかで、彼は自分の作品についてこのように語っています。
一方で、戦後日本で国家自律の必要性が唱えられ、芸術も自律するための表現が模索され始めた時代に、その代表的な画家の1人であった鶴岡政男が、「『こと(状況)』ではなく『もの(物体・物質)』を描かなくてはならない」と述べていますが、荻野の表現はそこにも通じているようにも思えます。それは、ものを見たまま、ありのままに写し取るのではなく、その存在自体を描く試みと捉えることができます。芸術の自律がうたわれて既に久しい現在、新しい表現が次々と生み出されてきたようにも見えますが、実は「閉塞した美術の状況」という見方は、戦後日本の美術について一貫してあてはまるように思われます。 荻野の表現は、美術の時間的な流れとかけ離れることなく、新しい方向の1つを示唆し得る可能性を含んでいる点で、時代にひと風吹かせるような新鮮さを感じさせます。それは、彼の「声量のない大声」が「言いたいこと」、あるいは「言う」行為に追いつく日を期待させるのと同時に、それが現在、「声量のない大声」のまま、颯爽と存在し得ていることの心地よさでもあります。まるで、次の一手が終わりのない勝負に新しい局面をもたらすことを期待する一方で、その緊迫感を見続けたいのと同じように。 |
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Photo by SAITO Arata | |||||||||||||||||||||||||||||
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